水子供養は古くさい?

 水子供養をするのは古くさいとか辛気くさいとか面倒だとか言う人がたまにいます。そういう人には「無理をする必要はありませんよ」と私は言っています。だって、これは義務でも何でもないからです。

 水子供養をしなければたたりがあるとか呪われるとか、そんなこともありません。ちょっと考えてみてください。あなたの子供がどうしてあなたを祟ったり呪ったりしますか? 子供は生まれてきても死んでしまっても、あなたを永遠に親として思っていると考えるべきなのです。もちろん鎮魂の意味を込めてあげるべきではありますが、たたるだの呪うだのというマイナスの目で水子供養を見るべきではありません。

 水子供養をするのはあくまでも自分自身のため。そう考えていいのです。生きている者が、亡くなった者を追悼する、鎮魂する、そういう機会の1つが水子供養なのです。水子だから供養しなくていい、と考える方が変ですよね。

 さて、費用はけっこう安く済みます。これを商売にしょうと考えるお寺さんはほとんどないからです。せいぜい1万円とか2万円とか、そんなものです。これがもし10万円というお寺さんがあったら、そんなところで水子供養をしないほうがいいでしょう。費用を見ればそのお寺さんの水子供養に対する姿勢が見えます。

 さて、その水子供養ですが一部地域の習慣ではありません。北海道から九州まであります。沖縄は・・・あるのかな? うーん、どうなんでしょう。沖縄で水子供養をしているという話は聞きませんね。沖縄はお寺さんがあまりないからかもしれません。それはさておき、日本全国の習慣ですから、多くの人が水子供養を素直にしてきていることがわかります。

 鎮魂は古くさいとか面倒だとかいう話ではないと私は思います。
posted by 水子供養 at 00:58 | 水子供養をしました

私たちの赤ちゃんが産まれなかったのは

 妊娠が分かって私たち夫婦は悩みました。子供を産んでいいのかって。
 
 すでに子供が3人います。さらに1人増えると、大変だなぁと思ったのです。しかも、その当時は収入が激減していて生活が大変でした。それこそ毎日の食事にも事欠くような状態だったのです。洋服を買い換えるお金もなく、でも、せめて子供たちには不憫な思いをさせたくないと努力していました。
 
 赤ちゃんが産まれるのはもちろん嬉しいことには違いないのですが、実際には経済的に大変になります。例えば粉ミルク費だけで1カ月に1万円近くかかります。子供が3人いますが、ほ乳瓶などはもうとっくに処分していたので、新たに買うしかありません。そんな費用を積み上げていくとけっこうな金額になるのです。子供を育てるのはお金がかかるのです。
 
 そんな状態でしたから、夫婦で悩みました。悩んで悩んで、どうしようかという話にもなりました。でも、その悩みから一歩踏み出して「頑張って新しい命を受け止めよう」ということになりました。もちろんそうはいっても収入が増えるメドはなく、単なるやせ我慢でした。
 
 でも、産むと決めたあとは気分が軽くなりました。そんな矢先のことです。定期的に診察に行っている産婦人科の先生が「心音が聞こえません。赤ちゃんはおなかの中で事故に遭ったんですよ」と言われたのは。
 
 私たち夫婦は苦しみました。お金の心配をしたから、赤ちゃんが私たちに気を遣って産まれないようにしたんだ、と。本来は大切な大切な命なのに、その大切な命とお金を私たちは比べてしまったのです。だから赤ちゃんは私たちのことを思って、自ら産まれるのをやめたのだと思わざるを得ませんでした。自責の念にさいなまれました。
 
 こんな経験があるからこそ、せめて水子供養くらいしないと申し訳ないというのが私たちの本当の気持ちです。これ、経験者でないとなかなか共感してもらえないかもしれません。でも、経験者ならきっと分かってくれる。そう思っています。
posted by 水子供養 at 14:25 | 水子供養をしました

命の重み

 最近の若い人の中には、妊娠も堕胎も平気という人がいます。例えば、避妊せずにセックスして、妊娠したら「堕ろせばいいじゃん」というあまりにも軽い人です。このような軽い人は軽い相手とくっつきますからご自由にどうぞと言うほかありません。
 
 こういう軽い人は命の重みを根本的に理解できないのですから、宿った命は本当にかわいそうです。
 
 でも、このサイトを真剣に読んでいる人の多くが宿った命を大切に思い、真剣に受け止めていると思います。
 
 同じ人間であっても、命に対してこれほどの差があるのです。片や「妊娠したら堕ろせばいいよ。水子供養? そんなの関係ねぇ!」とケタケタ笑い、片や「宿った命は私の分身であり、大切な命。それが生きて生まれなかったら、水子供養をしてあげたい。私が死ぬまでずっと大切に思いたい」と祈り、本当に人間の質の差が出ます。
 
 水子供養をきちんとできる人は命の大切さを知っている人です。おじいさんおばあさん、お父さんお母さん、そして自分、子供……と受け継がれてきた命の重みを知っている人です。だからこそ、生まれなかった命を大切に供養したいと思うのです。
 
 水子供養をするのは決して恥ずかしいことではありません。実際に水子供養のお寺に行ってみれば分かることですが、自分たち以外にも大勢の人が水子供養の場所にやってきて合掌している姿を見るでしょう。私が見た限りでも、70代のカップルや40代のカップルや20代のカップルがいました。そして、堂々と手を合わせているのです。
 
 水子供養が恥ずかしいことだと思っているとしたらそれは大きな間違いです。命の重みを知っているからこそ水子供養をするのです。
posted by 水子供養 at 00:31 | 水子供養をしました

水子供養をしたあとの過ごし方

 お寺で水子供養をしてもらうと、何だか少しホッとします。少しは義務を果たしたというか、気になっていたことがようやく少し解決したような、肩の荷が降りたような、そんな感じがするのです。やっぱり、自分の子供が生きて生まれなかったというのは、私たち女性には本当につらいものがあります。「ごめんねごめんね」と後悔したり自分を責めたり、そういう状態が続きますよね。
 
 だから、水子供養をすることで私たち女性も精神的に救われるのでしょう。でも、水子供養をお寺にお願いしたからもう大丈夫、あとは知らない、というのはどうかなーと私は思っています。
 
 私の場合、春や秋には家族みんなでそのお寺に行って、水子供養の場所でおがみます。子供3人も夫も行くのです。子供たちには「キミたちは生きて生まれてよかったね」と話します。「生きて生まれることができなかったこの子のためにも、キミたちお兄ちゃんお姉ちゃんが頑張って生きるんだよ」とも話します。命の大切さをせめて伝えたいと思うのです。
 
 水子供養をお寺でやってもらって、その場所に家族で行く。そうすることで、私たちはあなたを忘れてはいないということを伝えることができると思うのです。水子供養はお寺でやってくれるから、もう私たちは何もしなくていいという考え方ではなくて、いつまでも家族だよという気持ちを伝えることが一番の水子供養になるはずです。
 
 ですから、水子供養は私たち親が生きている限りは、1年に1回でもいいので、お寺にまいって、水子供養の場所で合掌すべきだと思います。そんな親を、水子たちはじっと見ているに違いないと思うのです。
 
posted by 水子供養 at 01:45 | 水子供養をしました

水子供養の仕方

 お寺によって水子供養の仕方は違うようですが、私が経験した水子供養の仕方をお話しします。私が決めたのは神奈川県内にあるお寺です。なぜそこにしたかと言いますと、私が神奈川県内に住んでいて、そのお寺に電車で1時間くらいで行けるからです。車で行っても、道路さえ混雑していなければ1時間くらいで行けます。1時間くらいの場所なら、いつでもお祈りに行くことができますから、そのお寺にしました。
 
 もう1つ理由を挙げると、そのお寺は手入れが行き届いているので、訪ねるたびに気持ちいいのです。また訪ねたくなるお寺なのです。そういうお寺で水子供養をしてもらうほうが安心です。
 
 さて、そのお寺には夫婦で出かけました。事務所みたいなところがあって、「水子供養をお願いします」と申し出ると、用紙を渡されました。そこに私(母親)の名前を書く欄がありましたので、私の名前を書きました。夫の名前は不要だそうです。水子と母親は一体なのだなぁと感じました。
 
 これでおしまいです。あとは、水子の代わりに置いてもらう小さなお地蔵さんを選びます。材質などによって値段が2種類ありましたが、私たちは高いほうを選びました。1万円です。せめてもの気持ちですから、こういうところでケチケチしたくありませんでした。
 
 あとは、水子の変わるのお地蔵さんが安置され、その前で朝晩お坊さんがお経をあげてくださるそうです。そして、一定の期間が過ぎたら、そのお地蔵さんはお坊さんの手で焼かれるようです。
 
 こうして私たちはようやく安心できました。お坊さんが朝晩お経を上げてくださるというのがとてもうれしく、これでようやく本当に水子供養になると思いました。今まで何もしなくてごめんねと心の中で謝りました。
posted by 水子供養 at 01:42 | 水子供養をしました

水子供養は誰のために?

 水子供養をしようと思っている人はきっと心の優しい人だと思います。今の世の中、「できたら堕ろせばいいじゃない」という軽いノリの人があまりにも多いので私はただもうびっくりしてしまうのですが、そんな世の中でこのサイトをご覧になって水子供養を考えている人は絶対に心の優しい人だと思うのです。
 
 そういう人は水子供養をすることをオススメします。水子供養をする理由は、1つは生きて生まれなかった子供の霊を慰めることですが、もう1つは親自身の悲しみや後悔といったつらい気持ちを癒すためにあるのです。水子供養をすることで、手を合わせる場所ができるわけです。それってすごく大切なことです。
 
 手を合わせて霊を慰める。その行為が自分の心の傷を癒してくれることがあるのです。ですから、水子供養は子供のためであると同時に親自身のためでもあるのです。
 
 ふだん手を合わせて祈るという行為をする人はあまりいないと思います。でも、水子供養をすることで手を合わせる場所ができ、手を合わせていると、静かな穏やかな時間が流れるのです。この時間が親自身の心の傷を少しずつ癒してくれます。
 
 合掌という言葉がありますよね。この合掌をする場所と機会を得ることができて、そこに行って合掌することが親自身を救ってくれるのです。生きて生まれなかった赤ちゃんはそんな親の姿を見ているのではないかなぁと感じることがあります。親が来て合掌してくれることで、生まれなかった赤ちゃんの気持ちは少しずつ穏やかになっていくのではないかなぁと感じるわけです。
 
 そんなことも感じますから、水子供養は結局親自身の心を平和にするためにあるのだなぁと私は思っています。ですから、本当に、水子供養をしてあげてください。生きて生まれなかった赤ちゃんのために手を合わせる、その心が親を救います。
posted by 水子供養 at 14:28 | 水子供養をしました
 中絶・堕胎というのは女性にとってつらいことです。自分の体を傷つけるばかりか、自分の心も傷ついてしまいます。それくらいつらいのが中絶・堕胎です。でも、中絶・堕胎せざるを得ない理由がそれぞれありますよね。経済的な問題。結婚相手ではない人との子供だから。まだ妊娠は早い。そんな理由がいろいろあります。
 
 中絶・堕胎は何となく後ろめたいものがあります。そこで、裏道にあるような小さな病院で手術を受けるのですが、手術中は麻酔がきいていますけれど、目が覚めてもまだ麻酔の効果が残っていて、しばらくぼーっとしてしまいます。ふらふらの足取りで病院を出ます。そこに男性が来てくれていればホッとするものです。できれば車で迎えにきてほしいものです。麻酔の効果や心身の傷で歩けないくらい疲れ果てているからです。
 
 さて、中絶・堕胎のあとしばらくゆっくりしましょう。落ち着いたら、水子供養を考えましょう。望まない妊娠であったかもしれませんが、中絶・堕胎したのは間違いなくあなたの子供なのですから。本当ならこの世に生まれて、みんなに祝福されて、生き生きと生きていくはずの子供だったのですから。
 
 中絶・堕胎するのはやむを得ない理由があるので、自分を責めてはいけません。でも、小さな命を大人の都合で葬ったことに対するせめてもの気持ちを水子供養の形で示したほうがいいのです。水子供養をするあなたの姿を葬られた命が見て、「ああ、自分のことを忘れていないんだ。愛情を注いでもらっているんだ」と満足するのではないでしょうか。大切なのは水子供養をする気持ちです。生まれなかった子供を思う気持ちです。
 
 中絶・堕胎をしたらそれでおしまいというのではなく、中絶・堕胎をしたからこそ、いつまでも水子供養をすることが、生まれなかった命を心から弔うことになると思っています。
posted by 水子供養 at 16:03 | 水子供養をしました
 私も水子供養をした1人です。そこで私の話をします。
 
 流産した時はショックで、泣いてばかりいました。7カ月目のときにお医者さんから「心音が聞こえない」と言われたのです。目の前が真っ暗になりました。お医者さんは「お母さんのおなかの中で事故に遭ったんですよ」と慰めてくれましたが、ただただ悲しくて涙を流すばかりです。
 
 初めての子供だったので、彼も楽しみにしていました。私の両親も彼の両親も、赤ちゃんの誕生を心待ちにしていたのです。それだけに私の責任だと自分を責め、ただただ泣いていました。
 
 そんな私を彼は一生懸命慰めてくれました。「自分を責めてはいけないよ」「僕らよりもいい両親のもとに行ったんだよ」などと励ましてくれました。少しずつ少しずつ私の心がほぐれていきました。そして、少ししたら妊娠していました。
 
 今度は絶対に流産しないと誓って、大切に過ごしました。そして、長男が誕生しました。私も彼も大喜びで、長男を育てました。そんなある日、同じ夢を何度も見ました。赤ちゃんが泣いているのです。私はすぐに分かりました。流産してしまった私の子供が泣いているんだと。
 
 長男が無事生まれた喜びで、流産してしまった子のことを忘れてしまっていたのです。いえ、あまりにも悲しいから忘れようとしていたのかもしれません。でも、夢の中で泣いているのです。
 
 私が水子供養をしなければと目覚めました。私の赤ちゃんなのですから、私がお弔いをしてあげなくては。そう思ったのです。彼に話したら大賛成してくれました。私はいろいろ調べて水子供養をしているお寺を訪ねました。そこで水子供養の方法を教わり、お寺にまつってもらいました。
 
 その後、また夢を見ました。流産してしまった私の赤ちゃんです。でも、泣いていません。ニコニコしているのです。優しい笑顔を私に見せてくれるのです。
 
 目が覚めたら、枕がぐっしょり濡れていました。たくさん泣いていたようです。でも、私は赤ちゃんのニコニコ顔を見て、ようやく心が落ち着くのを感じました。水子の供養は絶対に必要だと思います。生きて生まれなかったわが子のために、親がするべき一番の義務が水子供養だと思うのです。
posted by 水子供養 at 16:03 | 水子供養をしました
 大切な命がこの世に誕生したらみんながお祝いしてくれます。両親はもちろんおじいさんおばあさん親戚友達と大勢が祝福してくれます。命が輝くときです。みんなが幸せな気持ちになります。
 
 でも、もし大切な命がこの世に誕生しなかったら……。お母さんのおなかの中で事故に遭ってしまったり、思いがけない何かのアクシデントが起きたり、残念なことに流産したり、そういう理由で大切な命が誕生しないことがあります。本当に悲しいことです。両親の哀しみはどれだけ深いか、お察しします。特にお母さんは悲しくてつらくて苦しくて、自分の責任だと自分を責めてしまいがちです。
 
 大切な命が水子になってしまった場合、誰からもお祝いしてもらえません。みんな悲しいから、哀しむだけで終わってしまいがちです。でも、それでいいのでしょうか。元気に生まれた赤ちゃんはお祝いしてくれるのですから、水子になってしまった場合は単に涙を流して終わりにするのではなく、水子をきちんと供養することが大事です。
 
 水子を忘れないために、水子に「ごめんね」という気持ちを伝えるために、水子の霊を弔うために、水子をきちんと供養することが大事です。水子供養は両親がするのが当たり前です。だって、両親の大切な命なのですから。両親の大切な命が水子になったのですから、両親が心を込めて水子の供養をするのが当たり前ではないでしょうか。
 
 どうやって水子の供養をすればいいのか。そもそも水子供養とはどういうことなのか。水子供養をしたいけれど、その方法が分からないという人のために、水子供養の方法をお話しします。
posted by 水子供養 at 16:03 | 水子供養をしました